「ヨガ・スートラ」第1章第17節

「वितर्कविचारानन्दास्मितारूपानुगमात् सम्प्रज्ञातः।」

【ヴィタルカヴィチャーラーナンダーアスミタールーパーヌガマート サンプラジュニャータハ】

意味

「サンプラジュニャータ・サマーディ(認識を伴う瞑想)は、推論(ヴィタルカ)、熟考(ヴィチャーラ)、喜び(アーナンダ)、自己感覚(アスミタ)の段階を経て進む。」

解説

この節では、サンプラジュニャータ・サマーディ(認識を伴う深い瞑想)のプロセスと構成要素が説明されています。このサマーディは、4つの段階を順に通過していきます:

1. ヴィタルカ(推論)

粗い対象(例えば物質的なものや形)に対する集中が起点となります。論理的な思考や推論が伴います。

2. ヴィチャーラ(熟考)

より微細な対象(例えばエネルギーや感覚)に意識を向け、内省的な考察が進みます。

3. アーナンダ(喜び)

深い集中から生まれる至福感や喜びの状態です。この喜びは内面的で、外的な刺激からではありません。

4. アスミタ(自己感覚)

最も純粋な自己意識に至り、「私」という感覚が残る段階です。

具体的な実践例

1. ヴィタルカの練習

• 粗い対象(呼吸、体の感覚など)に集中し、その対象を理解しようとする練習。

• 例:呼吸に意識を向け、吸う息と吐く息を論理的に観察する。

2. ヴィチャーラの練習

• より微細な対象(感情やエネルギーの動き)を観察し、それについて深く内省する。

• 例:瞑想中に浮かぶ感覚や微細な動きを丁寧に観察する。

3. アーナンダの体験

• 集中を深めることで得られる内面的な喜びを受け入れる。

• 例:ヨガのアーサナ後や瞑想後の心地よさに気づく。

4. アスミタの気づき

• 瞑想の中で、最終的に「私」という感覚に至り、その感覚を受け入れる。

• 例:深い瞑想状態で「これが私だ」という気づきが訪れる瞬間を観察する。

まとめ

この節は、認識を伴う瞑想(サンプラジュニャータ・サマーディ)の進化の過程を明らかにしています。瞑想の各段階を経験することで、内なる深い理解と気づきに近づくことができます。

「ヨガ・スートラ」第1章第16節

「तत्परं पुरुषख्यातेर्गुणवैतृष्ण्यम्।」

【タットパラン プルシャキャーテル グナヴァイトリシュニャム】

意味

「さらに高次のヴァイラーギャ(執着の手放し)は、真我(プルシャ)の認識により、物質的性質(グナ)への渇望がなくなることである。」

解説

この節では、執着の手放し(ヴァイラーギャ)のより高次な状態について述べられています。

1. 真我(プルシャ)の認識:

プルシャとは、私たちの本質的な自己、すなわち純粋な意識を指します。これを理解することで、心の迷いや物質的欲望から解放されます。

2. グナへの無渇望:

グナとは、サットヴァ(純質)、ラジャス(動質)、タマス(惰質)の3つの性質を指します。この世界のあらゆる現象はグナで構成されていますが、それへの渇望や執着を超越することが示されています。

具体的な実践例

1. 深い瞑想

• 自分の内面に向き合い、真我(プルシャ)への気づきを得るための瞑想を行う。

• 呼吸や意識を観察し、物質的なものから距離を取る。

2. 物質的価値観の見直し

• 日常の中で物質的な欲望や執着に気づき、それが本当に必要なものか内省する。

• 例:物を得る喜びよりも、心の平静を優先する選択を意識する。

3. 自然との調和

• 自然の中で時間を過ごし、物質的なものから解放されたシンプルな生活の重要性を実感する。

• 例:散歩中に自然を観察し、自分と世界との一体感を感じる。

まとめ

この節は、精神的な解放を追求する上で重要なステップを教えています。物質的な欲望から離れ、真の自己を知ることで、心は完全な自由と平和を得ることができます。

「ヨガ・スートラ」第1章第15節

「दृष्टानुश्रविकविषयवितृष्णस्य वशीकारसञ्ज्ञा वैराग्यम्।」

【ドリシュターヌシュラヴィカヴィシャヤヴィトリシュナスヤ ヴァシーカーラサンジュニャー ヴァイラーギャム】 

意味

「見たものや聞いたもの(経験した対象)への渇望がなくなり、心が完全に制御された状態、これがヴァイラーギャ(執着の手放し)である。」

解説

この節では、「ヴァイラーギャ」(執着の手放し)の深い意味が示されています。

執着を手放すとは、感覚的な対象(視覚的・聴覚的な欲望)への渇望が消え去り、心が静かで調和の取れた状態を指します。ただ単に欲望を抑えるのではなく、自然に欲望が湧かなくなることを理想としています。

ヴァイラーギャの特徴

1. 感覚的な欲望の超越:目に見えるもの、耳に聞こえるものへの執着を手放す。

2. 完全な心の制御:心が物事に振り回されず、安定した静寂を保つ。

3. 内なる平和:欲望に左右されない状態から得られる内的な自由と平和。

具体的な実践例

1. 瞑想

• 心に浮かぶ欲望や執着を観察し、それを優しく手放す練習を行う。

• 例:何か欲しい物が浮かんだら、「本当に必要か?」と問いかけ、冷静に観察する。

2. 感謝の練習

• 日常で手に入らないものに執着するのではなく、すでに持っているものに感謝を向ける。

• 例:日記に「今日感謝したいこと」を書き出す。

3. マインドフルネス

• 現在の瞬間に集中し、過去や未来に関する欲望や不安から解放される練習を行う。

• 例:歩いている時に足の感覚や風の音に意識を向ける。

この教えは、ヨガの実践だけでなく、現代社会でのストレス軽減や幸福感を高めるためにも有効です。執着を手放すことで、心の自由と真の平和を得ることができるのです。

「ヨガ・スートラ」第1章第14節

「स तु दीर्घकाल नैरन्तर्य सत्कारासेवितो दृढभूमिः।」
【サ トゥ ディールガカラ ナイランタリャ サットカーラセーヴィトー ドリダブーミヒ】

意味
「その努力(アビャーサ)は、長期間、継続的に、敬意と献身をもって実践されると、確固たる基盤となる。」


解説

この節では、ヨガの練習(アビャーサ)を深めるための条件が示されています。それは、以下の3つの要素を満たすことで得られるとされています:

  1. 長期間(ディールガカラ)
    短期間の努力ではなく、継続的に時間をかけて行うことの重要性を説いています。忍耐強く取り組むことで、練習が確かな基盤となります。
  2. 継続的(ナイランタリャ)
    中断することなく練習を続けること。練習を怠ると、その効果も失われやすくなるため、日々のルーチンとして続けることが求められます。
  3. 敬意と献身(サットカーラセーヴィタ)
    真心を込めて練習に取り組む態度。ヨガの練習を軽視せず、感謝と敬意をもって行うことが、練習を深化させます。

具体的な実践例

  • 長期間の努力
    毎日10分でもヨガや瞑想を行う習慣を身につけ、長く続けることで効果を実感します。
  • 継続的な練習
    忙しい日でも少しの時間を見つけ、途切れることなく実践を続ける。たとえ短時間でも毎日行うことが大切です。
  • 敬意と献身を込める
    心を込めて呼吸や動作に意識を向け、感謝の気持ちでヨガを行うことで、練習の質が高まります。

この節の教えは、ヨガだけでなく、生活全般における努力や目標達成にも当てはまります。長期的な視点を持ち、誠実に継続することで、確かな成果が得られるのです。

「ヨガ・スートラ」第1章第13節

「तत्र स्थितौ यत्नोऽभ्यासः।」
【タトラ スティトウ ヤトノ’アビャーサハ】

意味
「安定した状態を目指すための意識的な努力、それが練習(アビャーサ)である。」


解説
この節では、ヨガの練習における「アビャーサ(努力)」の重要性が強調されています。ここでの努力とは、単に一時的に頑張るという意味ではなく、継続的かつ献身的に取り組むことを指します。その目的は、心を安定させ、自己の内面に調和をもたらすことです。

例えば、毎日のヨガや瞑想の実践を通して、心と体を調整し、意識的に落ち着きを得る状態を目指します。この練習を持続することで、徐々に内的な安定と成長が得られるのです。

具体例

  • 朝の瞑想を日課とし、心を穏やかにする時間を設ける。
  • 同じアーサナ(ポーズ)を繰り返し練習し、体と心の安定を探求する。
  • 日常生活で意識的に心を観察し、平穏を保つ努力をする。

この「アビャーサ」という概念は、ヨガだけでなく、日々の生活にも応用できます。継続的な努力を通して、内なる調和と成長を目指しましょう。

『ヨガ・スートラ』第1章12節「अभ्यासवैराग्याभ्यां तन्निरोधः।」

「अभ्यासवैराग्याभ्यां तन्निरोधः।」
(アビャーサ・ヴァイラーギャーッビャーン・タン・ニロダハ)

意味:心の動き(チッタヴリッティ)を止める(ニローダ)ためには、**努力(アビャーサ)執着を手放すこと(ヴァイラーギャ)**の両方が必要である。


解説

  • アビャーサ(努力)
    持続的で献身的な練習や実践のこと。心を落ち着け、正しい方向に向かわせるために繰り返し行うヨガの練習を指します。
  • ヴァイラーギャ(執着の手放し)
    物質的な欲望や感情に執着せず、それらを手放す態度。何かを得ようとする執着から自由になることが心の静けさを生み出します。

実践例

  1. 努力(アビャーサ)の実践
    • 毎日決まった時間にヨガや瞑想を行う。
    • 繰り返し体験を積み重ねることで心を安定させる。
    • 例:毎朝10分間の瞑想や簡単なアーサナを行う。
  2. 執着を手放す(ヴァイラーギャ)の実践
    • 日常生活で、結果や期待に対する執着を観察し、それを手放す。
    • 例:仕事や人間関係での結果に固執せず、プロセスを楽しむ心を育てる。
  3. 二つを統合した練習
    • 瞑想中、浮かんでくる雑念に執着せず、それを手放しながら呼吸に意識を戻す。
    • 持続的に意識を観察し、浮かんだ感情や欲望にとらわれない練習を繰り返す。

このスートラのポイント
心の静寂は努力と執着を手放すバランスの上に成り立つものです。この二つの柱を大切にしながら、日々のプラクティスを深めてみましょう。
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『ヨガ・スートラ』第1章第11節「अनुभूतविषयासंप्रमोषः स्मृतिः।」

「अनुभूतविषयासंप्रमोषः स्मृतिः।」
(アヌブータ・ヴィシャヤ・アーサンプラモーシャハ・スムリティヒ)

意味

記憶(スムリティ)とは、過去に経験した対象が心の中に残り続けることである。

これは『ヨガ・スートラ』第1章第11節の教えです。
記憶は、過去の経験や知識が忘れられることなく、心の中に保持される状態を指します。記憶そのものが善悪ではなく、それがどのように心に影響を与えるかを観察することが重要です。


具体的な実践例

  1. 過去の記憶を観察する瞑想
    • 落ち着いた姿勢で座り、静かに目を閉じます。
    • 思い出される過去の経験を客観的に観察し、感情や反応がどう心に影響しているか気づきます。
    • 例:「過去の失敗の記憶」に対し、「今の自分に必要な学び」として捉え直します。
  2. ジャーナリング
    • 過去の経験や記憶を書き出し、それが現在の思考や行動にどう影響しているか考察します。
    • 書くことで記憶に対する理解が深まり、必要ないものを手放す意識が生まれます。
  3. マインドフルネス実践
    • 記憶が浮かんだ際、「これは過去の記憶」とラベル付けをし、今この瞬間に意識を戻します。
    • 例:呼吸や身体感覚に集中することで、記憶に引きずられるのを防ぎます。

記憶を観察し、手放すべきものは手放し、学びに変えることが、心の平穏へとつながります。
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『ヨガ・スートラ』第1章第10節「अभावप्रत्ययालम्बना वृत्तिर्निद्र।」

(アバーヴァ・プラッティヤー・アランバナー・ヴリッティヒ・ニドラー)

意味:眠り(ニドラー)とは、何も存在しないことの認識を伴う心の動きである。

これは『ヨガ・スートラ』第1章第10節の教えです。

ここでいう「ニドラー(眠り)」は、単なる生理的な睡眠だけでなく、意識が無く、何も対象がない状態を指します。ヨガでは、心の動きの1つとして眠りを観察し、意識が空白になる瞬間にも気づきを持つことが大切とされています。

具体的な実践例

• 睡眠前の観察

ベッドに横になり、眠りに落ちる直前の状態を意識的に観察します。「今、意識が消えていく」と気づく練習を行います。

• ヨガニドラの実践

シャバアーサナ(屍のポーズ)で横たわり、身体の各部分を順番にリラックスさせ、意識的に眠りと覚醒の間の状態を体験します。

• 昼間のぼんやり時間の気づき

何も考えずぼんやりしている時、その無意識な状態に気づき「これはニドラーの状態だ」とラベル付けをして観察します。

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『ヨガ・スートラ』第1章第9節

「शब्दज्ञानानुपाती वस्तुशून्यो विकल्पः।」

(シャブダ・ジュニャーナーヌパーティ・ヴァストゥ・シューニョ・ヴィカルパハ)

意味:空想(ヴィカルパ)とは、言葉や知識に基づいているが、実際には存在しないものである。

これは『ヨガ・スートラ』第1章第9節の教えです。

私たちは時折、現実に基づかない空想や想像にとらわれることがあります。これが「ヴィカルパ」(空想)と呼ばれます。ヨガでは、こうした心の動きを観察し、真実から遠ざかることなく、現実に集中することが大切だと説かれています。

今日の実践では、心に浮かぶ思考が現実に基づいているのか、それとも空想なのかを静かに見つめてみましょう。 #ヨガスートラ #空想 #心の観察